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広島高等裁判所 昭和31年(ネ)149号 判決

控訴人 原告 品川光信

訴訟代理人 丸茂忍

被控訴人 被告 藤森勝治

訴訟代理人 桑原五郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す、被控訴人は控訴人に対し原判決添附別紙目録第一号及び第二号記載の不動産につき昭和二十七年三月二十八日山口地方法務局柳井出張所受付第八六三号を以てなされた昭和二十五年四月一日附売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張は、双方代理人において左記の通り述べた外、原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

第一、控訴人の主張

控訴人は昭和二十三年一月二十九日訴外山本保太よりその所有にかかる原判決添附別紙目録第二号記載の本件家屋を買受け、その所有権取得登記を経た。控訴人は被控訴人より約金七万円を借受け、右債務を担保するために本件家屋に対し昭和二十四年頃抵当権を設定したものであつて、本件家屋を被控訴人に売渡した事実はない。

第二、被控訴人の主張

(一)  控訴人主張事実中、原判決添附別紙目録第一号記載の本件宅地がもと品川源一の所有に属していたところ、同人が昭和二十一年一月十二日死亡し品川勝がその家督相続により本件宅地の所有権を承継取得したこと並びに控訴人が本件家屋の所有権をその主張の経過で取得したことは認める。

(二)  被控訴人は控訴人の申出により、本件宅地を控訴人の所有に属するものと信じてその地上の本件家屋と共に控訴人より買受けたのである。当時、本件宅地の登記簿上の所有名義人は品川源一であつたが、同人はすでに死亡しその家督相続人たる品川勝は出征後生死不明の状態にあつたところ、控訴人は被控訴人に対し本件宅地につき所有権移転登記をすることを約束し、その一切の手続を吉水好男司法書士に一任した。そこで、同司法書士は控訴人及び被控訴人の委任の趣旨に則り本件宅地につき控訴人主張の如き各登記手続をなしたのである。

(三)  控訴人の主張は結局本件宅地の所有者が品川勝であるということに帰着する。そうすると被控訴人に対し前示登記の抹消登記手続を請求し得る者は品川勝であつて控訴人ではないことになる。従つて、仮に本件宅地の所有権が品川勝に属するとしても、本件宅地についての控訴人の本訴請求は訴の利益を欠き失当である。

(四)  仮にそうでないとしても、控訴人は被控訴人に対しあたかも本件宅地につき処分権を有するものの如く申向けてこれを売渡しておきながら、今更ら本訴請求に及ぶのは権利の濫用である。

証拠の関係は、控訴代理人において、当審における証人吉水好男、控訴人本人の各供述を援用し、乙第六号証の一、二の成立を認め、被控訴代理人において当審における被控訴人本人の供述を援用した外、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

本件宅地は訴外品川源一の所有に属していたが、同人は昭和二十一年一月十二日死亡し、控訴人の実兄品川勝がその家督相続をなし本件宅地の所有権を承継したこと、控訴人は昭和二十三年一月二十九日訴外山本保太より本件家屋を買受けて所有権を取得しその登記を経たこと、本件宅地につき昭和二十六年十月二十七日山口地方法務局柳井出張所受付第三五三八号を以て昭和二十五年四月一日附贈与による品川勝より控訴人に対する所有権移転登記並びに本件宅地及び本件家屋につき昭和二十七年三月二十八日同出張所受付第八六三号を以て昭和二十五年四月一日附売買による被控訴人に対する所有権移転登記の各存在することは当事者間に争がない。

成立に争のない甲第二、第三、第四号証、甲第五号証の三、甲第六号証の二、乙第八号証、原審証人吉水好男(第一、二回)の供述により成立を認め得る甲第五号証の一、二、甲第六号証の一、乙第四、第五、第七号証、原審における被控訴人本人の供述により成立を認め得る乙第一、第二、第三号証、原審(第一、二回)及び当審証人吉水好男、原審証人亀田三郎、原審及び当審における被控訴人本人の各供述並びに弁論の全趣旨を綜合すれば次の事実を認めることができる。被控訴人は前示の通り控訴人が本件家屋を買受ける以前よりこれを賃借居住していたが、昭和二十四年九月十日控訴人より本件家屋及びその敷地である本件宅地を代金七万円で買受け、即日内金一万円を控訴人に支払い、残金六万円は昭和二十五年三月三十一日までに支払うことを約した。そして、被控訴人は控訴人に対し右売買の前後数回にわたり金を貸していたところ、昭和二十五年三月七日その貸金合計六万円の債権と右残代金債務とを相殺決済した。しかるに、控訴人より更に値上の要求があつたので、被控訴人は同月十六日控訴人に対する別口の売掛代金債権金一万千百円の限度においてその値上を承認し、右債権と相殺決済し、控訴人より本件宅地及び家屋の引渡を受けた。ところで、本件宅地は当時登記簿上品川源一の所有名義となつており、その所有権は前示の通り同人の家督相続人たる品川勝に属していた。しかるに、品川勝は昭和十七年応召したまま終戦後も帰還しないので、控訴人は本件宅地を自分が貰うことになつていたと称し自己の所有物としてこれを前示の如く本件家屋と共に被控訴人に売渡したものである。また、本件宅地は当時神代村字新開第四千八百十八番地の二宅地五十四坪九合の一部であつたので、これを被控訴人に譲渡するについては、分筆手続の必要があつた。控訴人及び被控訴人は右売買代金の決済のすんだ後、昭和二十五年四月一日頃相伴つて吉水好男司法書士方に赴き、同人に対し本件宅地につき、前示分割、品川勝のための家督相続に因る所有権取得、同人より控訴人に対する贈与による所有権移転、控訴人より被控訴人に対する売買による所有権移転の各登記手続並びに本件家屋につき控訴人より被控訴人に対する売買による所有権移転登記手続をそれぞれ委任し、右各登記に必要な各委任状を作成し同司法書士に交付した。もつとも、品川勝は前示の通り応召不在中であつたので、同人名義の委任状は控訴人が勝手にこれを作成した偽造のものであつた。同司法書士は右委任に基き、本件宅地につき昭和二十六年九月十一日分割登記及び品川勝のための家督相続による所有権取得登記、同年十月二十七日控訴人のため贈与による所有権取得登記並びに本件宅地及び本件家屋につき昭和二十七年三月二十八日被控訴人のため売買による所有権取得登記の各登記手続をそれぞれ当事者の代理人としてなした。控訴人は前記売買契約成立後昭和二十五年十月頃より昭和二十七年四月二十二日まで刑の執行を受けて山口刑務所に在監していたため、前示各登記は右の通り遅延したものであつて、昭和二十六年十月二十七日なされた品川勝の印鑑届出及びその印鑑証明の受領、同年十二月二十八日なされた控訴人の改印届及びこれに基く印鑑証明の受領は何れも控訴人の不在中被控訴人において控訴人の妻の了解を得た上吉水司法書士に依頼してなされたものである。吉水司法書士は前示昭和二十五年四月一日附の控訴人の同人に対する委任状に昭和二十六年十二月二十八日附の控訴人の印鑑証明を添附して前示の通り昭和二十七年三月二十八日被控訴人のため本件宅地及び家屋につき所有権取得登記を経由した。

以上の通り認めることができる。原審証人品川トモ、品川ヒサ子、原審(第一、二、三回)及び当審における控訴人本人の各供述中右認定に反する部分は信用できない。なお、前示乙第二、第七、第八号証によれば、本件宅地が土地台帳上前記第四千八百十八番地の二より分筆せられたのは昭和二十五年三月十五日であるのにかかわらず、同月七日附の乙第二号証の領収証に本件宅地の分筆後の同番地の十四の地番の記載が存することを認め得るけれども、原審証人吉水好男(第二回)の供述によれば、吉水好男司法書士は本件売買成立後控訴人及び被控訴人より本件宅地の分筆手続を依頼せられ昭和二十五年二月頃本件宅地の測量をなし、その分筆申告書を作成していたので、同年三月七日乙第二号証の作成せられた当時にはすでに本件宅地の分筆後の将来の地番が判明していたため、同号証にその地番が記載せられたものであつて、同号証の本文は吉水司法書士が記載し控訴人がこれに署名押印したものであることを認め得る。他に前示認定を左右するに足る証拠は存在しない。前示昭和二十六年十二月二十八日なされた控訴人の改印届及びこれに基く印鑑証明につき当時在監中の控訴人自身がこれを承諾していたことを認めるに足る証拠は存在しない。しかし前記認定の通り、控訴人は昭和二十五年四月一日頃吉水司法書士に対し本件家屋につき前示売買による被控訴人に対する所有権移転登記を委任していたのであるから、たとえ添附の右印鑑証明に不備の点があつたとしても、吉水司法書士が右委任に基き控訴人の代理人としてなした右登記は、正当な代理権に基きなされたものであり、現在の真実の権利状態に符合するものであるから、有効であるといわねばならぬ。従つて、控訴人が本件家屋につき被控訴人に対し前示所有権取得登記の抹消登記手続を求める請求は、理由のないこと明白である。

次に、本件宅地の所有者品川源一の死亡後、その家督相続により本件宅地の所有権を取得した品川勝は、昭和十七年応召出征後未だに帰還せず、現在に至るもその生死が分明でないことは弁論の全趣旨により明らかである。そして、控訴人がその実兄たる品川勝より贈与その他何等かの原因により本件宅地の譲渡を受けその所有権を取得したことは、これを認めるに足る何等の資料も存在しない。控訴人の本件宅地に対する所有権が証明せられない以上、控訴人より本件宅地を買受けた被控訴人はその所有権を取得することのできないことは明らかである。従つて、本件宅地につきなされた前示被控訴人のための所有権取得登記は、その前提たる控訴人のための贈与による所有権取得登記が品川勝の偽造の委任状によりなされているのみならず、真実の権利状態に符合しないものであるから、無効であるといわねばならぬ。そこで、控訴人が被控訴人に対して右登記の抹消を請求し得るか否かについて判断する。

前示認定の通り、控訴人は本件宅地を自己の所有物件として被控訴人に売渡し、吉水司法書士に前示各登記手続を委任した。そして、控訴人が右売買に当り本件宅地が自己の所有に属せず実兄品川勝の所有に属するものであることを知つていたことは弁論の全趣旨により明らかである。しかも、控訴人は本件宅地を自己の所有物として被控訴人に売却し、その代金を受領した上、品川勝の委任状を偽造して吉水司法書士に委任し、本件宅地につき品川勝のための相続登記並びに同人より控訴人に対する贈与による所有権移転登記を経た上、被控訴人に対し前示売買による所有権移転登記をしたのである。勿論、控訴人と被控訴人との間の本件宅地の右売買により、品川勝は本件宅地の所有権を失うものではないから、同人が本件宅地の所有権に基き被控訴人に対し前記の通り無効な所有権取得登記の抹消を請求し得ることは明らかである。

しかし、本件宅地が自己の所有でないことを知りながらこれを自己の所有物として被控訴人に売渡した控訴人は、右売買契約に拘束せられ、本件宅地が品川勝の所有物であつてその所有権を被控訴人に移転し得ないことを理由として民法第五百六十二条により右売買を解除し或はその無効を主張し得ないのであるから、控訴人において前記認定の如き経過により被控訴人に対し本件宅地の所有権移転登記をなし右売買による義務を形式上一応履行したものである以上、控訴人としてはその態度を一変して右登記の無効であることを理由として被控訴人に対し右登記の抹消を請求することは、本件宅地につき何等の権利も有しない控訴人に右の如き登記請求権が認め得られるか否かの判断は暫らく措き、少くとも信義誠実の原則に照し許されないものと解するのを相当とする。しからば、控訴人の本訴請求は、本件家屋については勿論、本件宅地についてもその理由のないこと明らかであるから、失当として全部これを棄却すべきものである。右と同趣旨に出た原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

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